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日々の撮影だけでなく、映像制作や仕事に対する想いなどを自由に綴っています。
また、個人の想いや日常についてはSNSのリンクからもご覧いただけます。

より良い映像制作のために、お客様の想いを知り、感じ、
できる限りみなさまとの距離を縮めたいと思っております。
まずは ai moveのことを少しでも知っていただき身近に感じていただければと思います。

幼少期

このページをご覧いただきありがとうございます。

ホームページをリニューアルするにあたり、自己紹介を書いていると色々と収まらなかったので、
カメラマン、映像制作をすることを決意するまでの経緯、私の人生や想いを綴らせていただきます。

自分の人生を振り返ると、生まれた時からずっとカメラ、写真、ビデオが身の回りにあったように思います。

私の父は、自営業のビデオカメラマンです。母は専業主婦だったので、幼い私が知ってる職業というのはおそらく「カメラマン」だけでした。
家の中にはよくわからない機材がたくさんありました。当時は今のようなデジタルではなく、テープだったので編集機材も撮影機材も大きく、種類もたくさんあったので「囲まれていた」という表現に近いかもしれません。

私の記憶は「ビデオ」か「写真」に残っているものしかありません。
親からも「あんたは、ビデオか写真で見たことしか覚えてないからね~」とよく言われます。

ビデオも写真も「映像」なのですが、映像ってすごいですよね。自分の知らないことや物心ついていない頃に見た景色さえも残してくれて、映像を見ることで自分が経験した記憶と結びついたり、体験したかのように思えて、感動できる。その瞬間しかないものを残すことができる。

小学2年生の文集には、将来の夢を書くページがありました。

私がそこに書いたのは、「プロのカメマンになる」

・・・惜しい!「ラ」が抜けてる!カメにはなれない、、、。

そして、小学3年生の夏休みに自由研究でカメラについて調べていました。

小学校3年生

小学校3年生では「プロのカメラマン」が夢だったようです。カメじゃなくなった!!

しかし物心ついた私は、父が出掛けた先でいつもカメラを持っている事が嫌でした。恥ずかしかったです。
行事の度に大きい一眼レフや、ビデオカメラを持って来られるのがすごく嫌でした。だって周りの親はそんな大きなカメラ持って来ないから。
「変」という感情がわいてきました。友達との記念写真を撮られるのも嫌がってました。

「プロのカメラマンになる」という夢も気付けばどこへ行ったのやら。

高校入試や就職などの進路を考えたりする節目のタイミングでは「特にやりたいことがない」「何が向いているかわからない」「とりあえず進学して~…、就職して~」という自分になっていました。

父の撮影現場へは荷物を運んだり手伝いに行ってはいましたが、年を重ねるに連れてめんどくさいと思うようになり、特に何も考えずボーッと見ているだけ。
結局は敷かれたレールの上を進むような人生で、勉強頑張って、いい成績をとって、いい会社に勤めて…というビジョンを見ていました。

しかし、実際に就職して、周りからは「安定している」という会社に入り日々過ごし、2年目に入ったあたりで「自分はこのまま、周りの人たちと同じようにあと何十年もこの会社で働いていくのか?」という疑問がわいてきました。

エンジン

このままでは、全然外の世界のことがわからないし、もっと違う環境も見てみたいと思い、まずは転職活動を誰にも言わずコソッとはじめました。

機器メンテナンス現場での管理監督業務をメインに行っていたこともあり、自分の手を動かせる技術的な仕事がしたいという思いでまずは探しはじめました。第二新卒という扱いで見てもらえるのと、工業系の学校を出ていたのでそれなりに転職先はありそうな雰囲気。

しかし、それでも何か違うな…と、そこまで本気になれませんでした。これで転職したとしても会社が変わるだけで、また数年したら自分の中で同じ違和感を感じて辞める気がする。と思い、転職活動はストップしました。

また改めて自分と向き合っている最中、ふと小さい頃の自分や父親のことが頭に浮かびました。

自分が会社を辞めようということを考えているのは隠して父に連絡し、仕事に対する思いや人生を少し尋ねたりもしました。(ここで親は察していたと思いますが。。。)

子供の頃の夢。これが当時どんな想いで浮かんだものかわからないけど、挑戦してみたいという気持ち。

私が生まれた時から身近にあった映像。映像を通して、見る人に感動を与えたい。という想い。

正直、文集に書いたころの自分は「とりあえず」だったかもしれない。親がカメラマンだからと言って自分ができるかどうかはわからない。そもそも、自分で仕事をするためにはどうしたらいいかわからない。

ほぼゼロからのスタート。このスタートを切るかどうかの葛藤。

しかし、ここでスタートを切らなければ一生後悔すると思い決断しました。

バレエ ビデオ撮影

私が退職を決断したのは新卒2年目の2月後半頃。父に退職してカメラマンになると電話で連絡を入れました。

そのとき、電話越しですが、生まれて初めて父親の涙を見ました。ずっと厳しく、怖いと思っていた父親でしたが、私に対するいろんな思いがあったのだろうと気付かされた瞬間でもありました。そして、私の決断・やる気は「本気」に変わりました。

今でもずっと忘れない日、2016年3月4日(金)

2年目もあと1ヵ月もせず終わろうとしていました。
よく「石の上にも三年」と、3年間はとりあえずやってみろというのも聞きましたが、私は丸2年のタイミングでけじめをつけようと思い、退職の想いを上司に伝える決心をして出社しました。

朝イチで話をして、その日の夜には両親と話をするため北九州の実家に帰るというのが私のミッションでした。

私の上司はいつも早めに出社されていたので、私も早めに会社に行き、人の少ない始業開始前に話をしようという作戦。
出社して、デスクに座り、いざとなると全然動けない自分。
「8:20になったら、、、」とPCの時計を見ながら自分との戦い。しかしまた動けず。

次こそは、と「この時計が8:25になったら、、、」と平然を装いながらPCに向かい、時計が変わった瞬間に立ち上がり上司のもとへ行きました。このとき私の人生が変わった瞬間でもあり、スタートラインに立った瞬間でもありました。

家族に伝えた以外、周りの人には一切相談もしておらず、会社でも普通通りに過ごしていたので非常に驚かれ、
案の定1度は止められましたが、私の意志を尊重していただき1ヵ月の有給消化を含め3月末の最終出社、4月末退職が決まりました。
2年という短い期間ではありましたが、私の中では濃く大きな時間。社会人としての基礎、仕事をする上で必要な知識、仲間とのコミュニケーション、お客さまと向き合う姿勢など、私が今後生きていくうえで大切なことをたくさん学ばせていただき、感謝でいっぱいです。

また、会社を辞めてから気付いたありがたみも多々あります。
当たり前と思ってはいけないこと。(これはまた改めて綴ります)

そして、両親への感謝。

これからもこの気持ちを忘れず、私にしかできない表現、生まれた時から肌で感じていた映像を通じて、
『見た人(目=eye=「ai アイ」)』の心を動かす『感動(=「move ムーヴ」)』を伝えていきます。

 

 

全然まとまりのない、長い文章でしたが最後まで読んでいただいた方ありがとうございます。

ホームページのブログにこのような、個人的な内容をアップするのは躊躇していましたが少しでも私と映像のつながりを感じていただければ幸いです。

また少しずつ、自分の考えや想いも綴っていきたいなと思います。

 

 

 

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  1. naoko

    天平さんのブログを見て、ayakaさんのことを知りました。いつも素敵な写真をありがとうございます!
    一見強面の天平さんですが、写真ではどれも天平さんの優しが感じられて、とっても素敵です!
    このブログを読んで、ayakaさんの写真への想いも知ることができ、感動しました。これからも、ヨーロッパツアーの写真、楽しみにしています。

    • Ayaka

      naokoさん、コメントありがとうございます!
      お読みいただいて嬉しいです。
      ヨーロッパツアーの経過も、写真と映像でみなさんにお届けしようと思いますので、楽しみにしていてくださいね♪